鳶の鷹考♯4「団体戦で勝ちやすいチームとは、」

 もう少しで全学ですね。

個人戦については、各々研究をしている人は、多いと思いますが、団体戦団体戦と区切って研究をしている人は少ないかと思います。なので、5人制の団体戦(=ここ2年の男子団体)からデータを収集して、自分なりの仮説が正しいか検証してみました。

検証テーマ

団体戦では先に攻めた方が強いのでは?」

 

ということで、試合総数162試合全パターンを抽出いたしました。

自己判断の部分もあり、いやこれは、出技だよとかあるかもしれませんが、個人的基準として先に体が動いた方を先に攻めたと基本的に判断しています。

で、

早速なのですが結果です。試合に勝った方が先攻め96本、試合に勝った方が後攻め37本、相討ちもしくは時間切れ29本でした。それぞれパーセンテージでいえば60%、17%、23%となるわけです。つまり先に攻めて負ける確率は極端に言えば、5分の1、(相討ちも5分の1)になるわけです。これは、5人制に置き換えると、3勝1敗1引となりチームとしては勝利になるわけです。すごい極論ですけどね。

こういう風に見ると、先に攻めることが有効であると思います。

しかしながら、ただシンプルに攻めればいいというわけではないことがさらにデータからわかりました。後攻めの38本の打ち18本が先透かし(剣が当たらず空振ったところを狙って打つ)、出技(しゃがみ足含む)14本で決めています。先透かしカウンターが18本と約半分以上が、自分の当たらないところから打つということが原因で負けています。また、出技も皆さんが想像しうるような狙いすました出技は、2017.18の武井選手(国士舘)と2018の河野 (金沢)しか決めておらず他の、出技は、打つか迷ったり、フェイントを掛け損ねを狙って差し込んだような出技か、攻められてコートに追い込まれるなどして体勢が崩れた状態から打たされた先打ちを出技で倒しているにすぎません。このことから、後攻めで勝つパターンの35%くらいが、自分の攻めによる相手の体勢の崩れによって勝ったもので、約50%が、相手の間合い管理ミスによって勝っているといえます。

つまり、先攻めで気を付けるポイントは、相手に当たらないところから打たないこと。すごい当たり前なことですね。その一点さえ守れば、自分攻めが圧倒的有利展開にもっていけさらに相手の体勢や腰を崩すことができれば数少ないもぎ取れる後攻めの勝利をももぎ取れる素晴らしい戦い方となることでしょう。

そうすれば、あとは武井裕哉の出技に気を付けていれば、勝つ確率70%(勝つ確率60%+先透かし10%)+相討ち23%の83%負けないことになります。これはもう5人制の団体戦で考えれば5人が全員このマインドを持って戦えば勝利間違いなしということですね。おめでとうございます!!

これ、個人戦に置き換えても8割ぐらい自分攻めで勝てるんなら、その作戦使った方が勝率は上がるという考え方無きにしも非ずですよね。

 

つまり、何が言いたいかというと、

団体戦で勝ちやすいチームとは、

ブレイブ(勇気)のあるチーム!!

以上です。(なななあばあああーー)

 

PS.データ上げたいけど上げ方わからんからほしい人いたら言ってくださいませ!

鳶の鷹考♯3「レスバに近い何か」

書きたいこと溜まってますがこういうことを書いている人がいたので、短編コメント返し回として、

 

「手足が長くて背もあって、所謂バネが強い(全身の伸縮がうまい)のは1つの才能だと思う。そこを

 重視した練習や試合の組み立ての成果なのはわかってはいるけど。
 なんというか、ホントに鳶は凡才か?とたまに思ってしまう」

 

この人は結局何が言いたいのか?それを僕にいったところで、僕が少し傷つく以外になんの意味があるのか全くわかりませんね。そして、ちゃんと文章読んだんですかね?同期で一番勝てなかったから、一番練習してようやく3年生のときに優勝したってかいてますよね?これでまだ、天才だと?天才と凡才の定義は人それぞれなので構いませんが、文脈と人の気持ちくらい読んでくれないと。

ちなみに僕のいう天才と凡才は、ざっくりいうと物覚えの早さです。自分、今でこそ少しツーステップ出来ますけどそれは、昔山ほど練習したからですし、その今ですら同期が1年生の時披露していたツーステップよりクオリティ低いですよ?いま僕の打ちが、天才と思ってくれているなら、それは天才の倍の倍打ちについて考えて体を使ったからです。だから、天才たちが説明できないことも割と打ちに関しては説明ができるし、だからこんなブログを書いているのだと思います。

このコメントを書くなら、最後に「私は、そう思ったので、なんであなたが自分を凡才だと思うか教えて!」とか、「私は、伸びるということが出来ないですが、こういうステップや打ちが上手いと言われます。どうやって戦えばいいですか?」とか加えるとだいぶあなたの意見が建設的になり真摯に答えようという姿勢になりかと思います。しかしながら、初コメなので、無下にもできないので、下で一応あなたの文脈に自分なりに乗っ取って回答していきますね?

まあ、言いたいことはなんとなく伝わりますけど、まず自分は、背も手足も日本人平均のちょうどど真ん中ですよ?これは、自分趣味で自転車をやっていて自転車のパーツ選びにそれぞれの体のパーツをつい先日計ってもらったときにいわれたので間違いないかと。女子相手で言えば、確かに身長差はあるのはもう仕方ないことなので言われても困ります。それにしたって自分より10cm以上高い人もいますけど(このブログの管理者がそうですね)、そういう人に自分は面うちを当てれるので身体的な特徴で有利不利はあると思いますが、今回の議論ではあまり関係ないかと。

ばねが強いということに関しては、正直技術的な側面が大きいですよ。少なくとも自分が教えたと自信を持って言える人が5人はいますけど、確かに自分ほどではないのかもしれませんが、伸びて戻る打ちができていますよ?それに、自分が教えた人で意識づけが出来てる人は、徐々に改善していってますし。『ほら、自分が一番すごいんでしょ』と思われるかもですが、そりゃそうでしょそのことを考えて日々練習しているのだから。

 

で、ここが多分あなたの一番勘違いポイントなんですけど、

才能がないやつ全員俺の真似しろなんて、言ってませんよ??

それぞれの人に、自分にあった戦い方があるので、それに従うべきです。それを覆してまで、自分の真似をしてほしいなんて押しつけがましくありません。自分が一番知っているであろうみつるぎの人たちにも様々な戦い方をしている人がいますけど、現・元主将とか現・元広報・庶務とか戦い方みんな違いますけど基礎がシッカリしているので皆自分は好きですよ。もし、自分が自分のチャンバラが至高なんて思ってたら、すどーくんぐらいしか認めないってことになりませんかね?むしろ、防御や打ちがたまに雑になるのでそういう面では、上記の人より認めてないですよ(すどーごめん。)。

 

元主将だって、ひょろくて、最初へたっぴでしたけど、動画とか周りの意見聞きながら練習量こなしたから強くなったわけで最初の飲み込みは悪かったし、いまでこそチャンバラについての知識があるので、物分かりいいですけど単純な体に染みつくスピードは自分と同じくらいの遅さだと思いますよ。ただ今、馬鹿みたいに強いのは、彼が頭をひねることに特化した結果であって、自分とは違いますけど彼は、基礎を固めて頭を使うという自分が第1回で示した凡才が天才に勝つルートを勝手に見つけてしっかりと辿った一人だと僕は思います。彼が自分が天才だと思ってるならとても失礼だけど、チャンバラの上達の仕方としては、一番好きな育ち方をしたなと思います。

 

天才たちと違って基礎の習得は我々凡才は遅いわけだから、細かいところを時間をかけて意識しないと天才たちが軽々やっている基礎技そして応用技のクオリティが出せない。そして、自分は応用技が4年間では身に付けれないと思ったので、基礎技だけで、勝てないか頭をひねって戦いましたよということなんですけど、文章下手ですいません。

 

そしてですね、伸びる打ちに関しては、どうやって出来るのか?を聞かれることが多いので、書いただけでやってみたいならやってみてください。ということですし、確かに書き漏らしがあったなと反省すべき点なのですが、これの習得には時間がかかるのでみんながみんなすぐ出来るようになる技ではないですよ。自分だって5年くらいかけてようやく最近納得しかけてきてるくらいなので。そういう意味では、こんなことに5年かけて人に教えれるほど細かく分析したということに限っては天才なのかもね?

 

凡才だからこそ、

1.天才以上に基礎(ステップ、打ち、防御)は、固  

  めないと勝てない

2.天才以上に頭を使わなければいけない

3.天才以上に自分そして他者を分析しなければいけない

ということをどうかわかっていただけると嬉しい。

そして、自分は基礎の中でも、打ちに注目することで天才たちにたちうちできるようになったんだよ。それを他の人がステップでも、防御でも他の何かでも糸口を見つけて伸ばせばそれいいただその前に、ステップやら打ちやらの基本的なところが出来てない人が多すぎだから基本レベルくらいは打ちを綺麗にする意識は持った方がいいよ。それは、ステップや防御もそうだけど、そこに関しては言語かするほど意識できてない部分があるから自分では、詳しく書くにはまだ恐れ多かったので書いてないだけなのです。まだまだ、勉強しなきゃいけないねごめんね。

幼女選記#5 静と動

 まず始めに、このブログを共同で運営していくにあたり、誰が書いた文章が一目でわかるようにしようということになり、僕は「幼女選記」というタイトルを使うことにした。これからもご愛顧のほどお願いしたい。

 

 閑話休題

 

 よくこういうアドバイスを求められる。「攻撃の際の起こりをなくしたい。」と。結論から書く。そんなことはできない。動きと動きの間には必ず停止している瞬間が生まれてしまう。これはどんな人にも当てはまる。僕の先生に言わせればそれは”静と動”という表現になる。動の間に挟まれる静の瞬間を見抜けば相手の行動を予測するのは容易になると言っていた。つまり、多くの人は軽く跳ねながら自分のリズムを作っているわけだが、攻撃するときにはそのリズムから違う動きに移る。別の動きをするために力の出力方法を変える。その変遷の瞬間に動きが止まる瞬間が生まれる。「止まる」といっても、ほとんどの場合、実際に硬直しているわけではなく、相手の攻撃に対処できない隙ができる、くらいのニュアンスだと思っていただきたい。相手が打ってきたことを認識できても自分のコマンドをキャンセルできない瞬間が何フレームか存在するのだ。

 その「静のフレーム」とでも呼ぶべき時間が長い人ほど攻撃がバレやすい。攻撃に向けてステップが徐々に変わってしまう人がいるが、そういう人まさに当てはまる。一足一刀で決めようとする人に多い現象なので気をつけてほしい。また、打つ瞬間に力む人も静のフレームが長い。力が入ってしまうと身体が硬直し、完全に動きが止まった瞬間が生まれてしまう。

 今書いたのは極端な例であるが、最初にも書いた通り静のフレームはどんなに強い人にも生まれる瞬間である。彼らはどういう風に静のフレームを相手に見破られないようにしているのか。まず、シンプルに静のフレームのコマ数自体を減らすこと。これは先程書いた静のフレームが長い人と正反対のことをすればよく、スムーズで一定なステップと力みのない打ちで実現できる。しかし、それでもやはり静のフレームはどうしても生まれる。出技を狙われたり、団体戦等で引き分け狙いの相手には簡単に見破られてしまう。

 そこでもう一工夫必要になる。カギは相手の静のフレームを利用することだ。再三申し上げているが、静のフレームは誰にでも存在する瞬間なので、当然攻撃を受けようとする側にも生まれる。自分に静のフレームがあっても、その瞬間に相手も静のフレームが起きていたら安全に攻撃が打てる。ステップやフェイントで相手の体制が崩れた瞬間は相手の静のフレームが発生しているといえる。崩した後に空いている場所を落ち着いて打てばいい。相手の動きを殺してしまえば、打ちの速さに拘りすぎる必要はなくなる。

 静と動のリズムを理解し、利用することで出技や飛び込みのタイミングが掴める。出技は相手の動き出しを捉える技である。相手の静のタイミングを見破ることができたら次は動、すなわち打ってくる。つまり、相手が止まったと思えば次は打ってくるであろうからどこに打ってくるかを予測し打ちを合わせれば出技の完成だ。

 飛び込みは、今度は相手を崩したときに使える技である。フェイント等で相手を崩し、相手が体制を立て直そうとしたときに相手は静の時間を迎える。その瞬間に一気に間合いを詰めてしまえば相手は反応できないことが多い。

 

 今回はかなり抽象的な話になってしまったが、みなさんが練習の中でこの概念を理解できる瞬間が来ることを願っている。(幼女)

鳶の鷹考♯2「人より伸びる打ちなど存在しない(後編)」

さて、後編です。 更新が遅くてすいません。

(書き終わってから、気付いたのですが、文章が非常に乱れているので、適宜修正、

校正をかけていきます。とりあえず書き上げたので、お見苦しいですが、読んでいただけると幸いです。)

前編と繋がりはあまりないので前編を読んでいない人も読める内容にはなっていますが、読んでほしいので前編を読むことをオススメします。

筆者の打ちが何故伸びるのかという話を前編では技術面を主に解説していましたね。ということで、今回は、精神面、頭の使い方を主に解説していきたいと思います。

では早速!その二つ目の要因はズバリ!

 

「筆者の打ちが伸びると自分が、

 そして周りが思ってくれているから!!」ババン!

 

どういうこと?と思うでしょう。

個人的にいわゆる一本打ち(ツーステップやフェイントを使用しない最も単純なうち)で試合を決める間合いとしては、実はそれほど伸びる必要のない位置(言い換えると、自分が最も安定して打てる位置)で決めているのが8割強で、ある程度カウンター当たるの覚悟で決めるほど伸びないといけない位置が2割弱といった感じで実は、筆者が得意と皆さまに思われている打ちで決めた試合というのは割合でいうと少ないのです。

しかしながら、この8割の安定した打ちで決まる試合は、恐らく自分以外が打っていたら半分は当たっていなかったし、さらに残りの半分は打つことすらできなかったでしょう。

ではなぜ、安定する打ちが当たる間合いに入れるのか? それは、繰り返しになりますが、 「筆者の打ちが伸びると周りが思ってくれているから」

これを言い換えると、「対戦相手の打ちが筆者より伸びないと思っているから。」なんです。 このマインドで相手が戦うとどうなるか? 筆者が打たない間合い=相手が打っても当たらない間合いとなるわけです。当たらない間合いからは、誰も打ちませんよね?しかし、筆者は当たるけれどもう一足分前に出た方が、打ち終わりの体制が安定するから前に出るわけです。さらに、ここでいったん止まります。 ここで相手が牽制をいれるなどの防御行動をしない場合、相手はこちらの術中にはまっていると考えます(筆者が打たない間合い=相手が打っても当たらない間合いの思考に支配されている)。そうすると、自分は、安定して打てる間合いに安定した状況から打てるわけです。これはもう無敵です。相手がだれであろうとこの間合いまで引っ張り出せばほぼ一本打ちがあたりますし、当たらない場合でも、防御で体勢が崩れ、2撃目3撃目が決まりやすくなるのは間違いないでしょう。

筆者の体感ではありますが、一般的に強いと言われる人達(本部、学生大会で優勝するクラス?)は、これを理解していて、さらに、お互いがお互い自分が有利に運べる間合いに引き込もうという駆け引きを繰り広げているように感じますし、時に起こるジャイアントキリング・下克上のほとんどは、下の格の人が、人の間合いを奪うことはできなくても、とことん自分の間合いを渡さないぞ!というプレッシャーをかけ続けた結果だと自分は思っています。

このように、伸びる打ちをする人という意識づけをすることで、相手の間合いをコントロールし、伸びる打ちならず普通の打ちも当てること、引いては普通の打ちを伸びる打ちと錯覚させることに成功しているのです。

で!なんですけど、筆者が打たない間合い=相手が打っても当たらない間合いなら間合いを詰めてくる人もいますよね?という質問が来ると思います。これはとても正しい指摘です。

その場合考えられるのが2パターン。

1.

間合いを詰めるだけ詰めてこちらの動きを見てから攻める

このタイプまあまあ苦手なんですが、筆者の立場としては、踏み込んで当たる間合いに最初にいるわけですよね?自分の打ちが一番伸びるという前提のもとに自分は戦っていますので、それなのにノーマルステップで間合いを詰めてきたということは、そこから剣を振られたところで自分には当たるわけがないですし、まして止まったら、自分が本来踏み込まなければいけない分を相手が代わりに踏み込んでくれたようなので、そこから踏み込まずに安定して打てるのでだいぶ有利です。おそらくですが、出技の一種と捉えることができるかもしれません。

2.

無茶に打ちに来るパターン。

誰に対しても、遠い間合いから打つときは、体勢が崩れますよね。 体勢が崩れる=溜めが出来る=カウンター、出技などの攻撃反応系が当てやすくなるということなので、自分が剣で受けるほど突っ込んできた=止めればカウンター当て放題なので非常に楽に試合が進められるわけです。さらに無茶に打ってきたのに、空ぶったなんていう最高パターンにもっていけば楽に勝てますよね。

 

この2つに共通する核となる考え方が、自分が伸びる打ちが出来るという思い込みです。 自分が伸びるから、自分が当たらないところから打ってきても反応しないし、当たるとしてもしっかり受ければ、カウンターを決めることができるだろうという自信があるので、自分の間合い、テリトリーを守って試合をすることができ、結果的にプレッシャーをかけることが出来て、遠い間合いでの相手の集中力切れに差し込むことで自分の伸びる打ちを当てられるわけです。

 

これで「筆者の打ちが伸びると自分が、そして周りが思ってくれているから!!」 ということの意味を理解してくれたと思いますが、

一応まとめると、

1. 相手が伸びる打ちを打ってくると思ってくれているから通常の打ちも伸びる打ちと錯覚してくれている。

 

2. 自分が伸びる打ちを打てると思っているから、伸びる打ちが当たる間合いで冷静に敵の動きに対処し、自分が攻めに転じやすく、打ちの正確度をあげることができる。

 

このように、二つの視点。「自分」と「相手」という視点は、誰にとっても意識するべきポイントで、伸びる打ちに関わらず、例えば、「自分が」ツーステップが上手いと思っていたら、その位置からツーステップをしても入らないという目測をたてられるだろうし、フェイントがうまい選手だと「相手に」思われていたとしたら、相手は初撃フェイントだろうと思わして一本打ちが入る場合もあるでしょう。

このように、自分はこういう選手だという自己分析と周りにどう思われているかという第三者の分析を行うことで、自分しか気づいていない隠れた長所を発揮したり、相手が長所と思い込んでいる部分を逆手にとって想定外の行動を打ち込むことで、自分の長所を最大限に活かすことを考えることは、このスポーツにおいて非常に重要なポイントであると考え、究極的に言えば、この作業を繰り返し行うことは、自他共に認める自分らしいスタイルというものに最短でたどり着く手段ではないかと考えます。

 

文章なっげ!!ここらへんで終わりにしよう。

あ、最後に自己評価と他者評価が大きく違う人は、おそらく他者評価が正しいです。 しかし、この自己評価と他者評価の乖離は、勝つための糸口となりやすいです。 一度他者の意見を聞き入れなぜ他の人はそう思ったのかを自分の動画を見直して研究することが、長所のさらなる発展になります。また、同じような誉められ方をしている選手の動画をみて共通点を探すことも推奨します(その人のまねをする必要は全くありません。)。

とにもかくにも、頭を使いたきゃ動画をみろということですね。

つまり、伸びる打ちをするには、

動画見ろ!!  (なーばー)

鳶の鷹考♯1「人より伸びる打ちなど存在しない(前編)」

 お初にお目にかかります。

ブログの創設者から、ありがたいことにお誘いを受け、このブログの共有をさせていただくことになりました。際しまして、このブログの記事を再び読み返したところ、文章表現と理論の精密さに思わず感嘆し、これは中々書くのは簡単じゃないなと、億劫になりましたが、自分にしか書けないものもあるだろうと思い立ちここほれわんわんと読者にお宝を見つけていただくと共に文章の散漫差を楽しんでいただこうと気合満タン。

まず初めにこのブログのコンセプトを発表させていただく。

「凡人が天才を倒すには。」ババン!

このコンセプトは、自分がチャンバラを始めてから今日になるまで最も意識して取り組んできたテーマだ。よく周りをみてほしい。自分より筋力や身体能力が高く素早くステップワークが行えて、おまけに剣速も早い人・滑らかにツーステップを行える人・器用でなんでそこで止まれるor変えれる!というタイミングでフェイントを掛けられる人はいないだろうか?いないなら、おそらくこのブログは、アラビア語よりも理解できない文章が並ぶので購読をお勧めしない。自分が一年生のころは、今あげた技術やその他の細かい技術を含めて全てにおいて自分より上のものを持っている同期が山ほどいた。そんな中で、この人たちと同じことをしていても自分が勝ちあがれないことを悟った。

鳶の体が鷹の体になることはない。しかしながら、鳶でも鷹のようにするどい思考をすることができる。鳶の体で鷹に勝つ方法は、頭を使うことだ。いくらズルだと思われても、初見殺しだといわれようともルールの範囲内であれば(ルールとは一体何なのかは今は置いておこう)何を使っても、その試合に勝てば勝ち。いわゆる勝てば官軍だ。ということで、自分の各記事のタイトルは「鳶(とんび)の鷹考(ようこう)」とさせていただく。そんなブログの性質もありまして、他の執筆者と異なったように捉えられかねない理論が書かれることもあると思いますが、どちらが正しいとかどちらかを否定するといったことではなく、この人は、こういう考えで、あの人はああいう考えなのか。じゃあ、僕は、私は、この考え方の方があってるからこの理論を実践しよう。というように、最終の理論設定は、読者の方に委ねたい。

と、自分語りが長くなりすぎたので、そろそろ本題に入りたいが、凡人が天才に勝つための最も有効な方法を最後に教えておこう。

それは天才がチャンバラを辞めるまで続けることだ。

 

さあ、ということで第一回のテーマは自分自身が最も多く聞かれることについて語ろう。

ズバリ、「伸びる打ち」だ。

自分は、ある程度チャンバラを続けている人と初めて自由稽古をしたときに終わると必ずといっていいほど「なんで、なーばーさんの打ちはあんなに伸びるのですか」と聞かれる。私が、麦わら帽子でもかぶっていれば伸びろと思えば腕も伸びるかもしれないが、あいにく凡人なのでそういったスペシャリティをもっているわけではない。自分と同程度の身長があれば同程度の伸びが本来生まれるはずなのだ。

ではなぜ自分の打ちが伸びているように見えるのか。おそらく、細かいところまで書くと、2時間は下らないので、大きく二つの要因にまとめて、後日機会があれば、細かい点についても考察をしていきたい。

それでは、1つ目の要因だが、本音を言ってしまうと、

「自分の打ちが伸びてるんじゃなくて君の打ちが伸びてないんだよ?」

そもそも現在の学生選手においては、個人の見解として道場生を除くと、9割9分の人間が試合の中で正しい打ちを行うことが出来ていないし、そもそも、正しい打ち方について理解していない人も9割以上存在すると考えている。正しい打ち方とは何かについては、意見が分かれることがあるかも知れないが、自分の伸びる打ちを打つために必須の要素を2つあげる。

  1. 下半身で打つこと
  2. 打つ瞬間に力を抜くこと

1.

どうしても剣を腕で保持するために剣を腕で振ろうとしてしまう傾向があるが、実際は脚の蹴りを最大の推進力にしてその勢いを利用して剣を振るべきだ。その理由として、下半身のみ力が入り上半身は、脱力したまま打ちの体制に入れるので上半身のブレ特に頭の位置が大きく移動しないので相手に打ち始めていることが気付かれにくい。
また、腕で振る場合、扇や掬いなどの打ちを打つときに体全体が、腕に引っ張られ横に流される傾向がある。これに対して下半身は常に相手に対して真っ直ぐに飛び出す意識が持ちやすく相手に最短距離で近づくことが出来る。(相手に対して斜めで近づくか真っ直ぐ近づくかどちらの方が相手に近づけているか考えてほしい。)
 
2.
実は、1の方は意識が出来ている人が2よりも多くいる印象がある。
しかし、2に関しては、意識自体が出来ている人も自分の身の回りにいる選手の約9割が意識できてないように思えるほど意識づけがされていない。
たいていの人は、力を抜くどころか力を入れてから打ってしまっている。
力を入れてから打ってしまうと、そもそも力が入った瞬間に溜めとなり相手に打ち始めたことに気付かれやすくなってしまう。どういうことか。例えばあなたの背後に人がいるとしよう。その人が、急にあなたの前にワッと飛び出せば、すぐ気づいて身を固めるだろう。それに対して、その人がそろーりとあなたの前にゆっくり出てきたらおおよそ反応することができずに前に出てきたことに驚くだろう。つまり、人は急に動くものに反応しやすいので、打つ前に力を急激に入れると相手に打ちが気付かれやすいのだ。
そして、最初に力をいれることで打ち始めに力の最高点が来ることで、うちの最中に徐々に力が抜けていき相手に当たる頃には軽い音しかならないくらいの力しか残っていないことがしばしばである。これをごまかそうと筋力のある人は、体ごと押し込むような動きが癖になってしまっている人がいる。百歩譲って速度を維持できていたとしても、体のバランスが大きく崩れてしまっているために後隙が出来てしまいカウンターが喰らいやすいことは間違いないだろう。
ここまでいっても理解できない人に試してほしいことがある。まずお手元の長剣を膨らまして、その剣を頭上に掲げてほしい。このときに、力を思いっきり入れて剣を握ってから下に振り落としてほしい。なるほどこんな感じか。じゃあ、もう一度剣を頭上に掲げて次は、一瞬力を抜いてから思いっきり力を入れながら振り下ろしてほしい。どうだろうか?おそらくこちらの方がスムーズに早く振れたはずだ。これで早く振れていないということは、力を最初に入れるのが癖付きすぎているので早急に意識改革を行うべきだろう。
おおよそこの2つを守れば伸びる打ちは、それが縦面であれ、扇であれ行うことができるであろう。
「後ろ足で思いっきり蹴って、空中の間に力を抜きつつ、着地と同時に力を入れて振り始める。」
自分、最も伸びることを意識したときにはこのような体の動かし方をしていると思う。
少し長く書きすぎたのでもう一つの打ちが伸びる要因については後日後編として書きます。
長ったらしい文章をここまで読んでいただきありがとうございます。
不備、反対意見などアンチコメントなんでもこいなので好き勝手コメントを残していただけるとありがたいです。もちろん、応援コメントも待ってます。
それでは~~~。(なーばー)

幼女選記#4 知彼知己、百戦不殆

 先日の記事(幼女選記#3 物置の根幹 - 思考の物置)のコメントからお題が届いた。相手を動かすために必要な情報の引き出し方、相手の観察について試合で行なっていることを書いてほしいとのことだ。僕は動画研究をめちゃくちゃやる人間ではないので、試合中に行なっていることを中心に書いていく。

 前回の記事で相手を動かすことについて少し触れた。相手を動かして自分を戦いやすくするという目的を持つと、それを達成するための手段として相手の情報を集める必要がある。普段練習している相手であれば情報を集める必要はないが、本部大会や地方大会で初見の人が相手になる場合、相手がどういうリズムで、どういう技を持っていて、どういう反応をしてくるのかといった情報を1から集めなければいけない。

 そうした相手と対戦する場合、僕はまず遠い間合い、両者とも当たらない間合いから様子を見る。面や足を軽く打つ素振りを見せて相手の反応を伺う。そのときに確認したい相手の反応は反射だ。攻撃を受けた際に取るアクションは反射で出るので人によってほぼ固定されている。その反射から取れる相手の反撃の手は限られてくるし、咄嗟に出てくる技が相手の得意技であることが多いのでまずそこは警戒したい。僕としては、小手で様子を見ることが多い。なぜなら、小手の避け方は人によって差が出やすいし、下手な避け方であればそのまま縦面を打てば楽に勝てることが多い。

 次に、間合いを軽く詰めて相手の反応を伺う。間合いが詰まったときに相手が引いてくるのか、詰めてくるのかを確認し、相手の攻め気を測る。このときも相手が中途半端な反応を見せるようであればそのまま決めてしまってもいい。以上の反射と間合いの2点から僕は相手の情報を得ている。情報量としては心許ないかもしれないが、短時間で全ての情報を集めるのは難しいし、情報を集めて対応しようとするより自分の持ち味を出して勝つ方が早い場合が多い。冒頭にも述べたが、情報収集は自分が戦いやすくなるための手段の一つでしかない。手段の目的が逆転してしまうのは避けたい。

 ここからは話の本線から外れるが、初見殺しが強い競技ゆえ相手に情報を開示せずに戦えると強い。自分の情報を出してしまうと弱くなる。相手の反応を探るのも同じで、こちらは当てるつもりがあまりない打ちなので、あまりやりすぎるとそれを逆手に取られてカウンターを食らうリスクが増える。以前村上さんに小手で様子見をやったら見透かされて強烈なカウンターを食らったことがあるので参考までに。

 

 他にも情報の集め方や有効な手段があればコメントで教えてください。今後のブログのネタも募集中です。(幼女)

幼女選記#3 物置の根幹

ま‐あい〔‐あひ〕【間合(い)】
1 隔たり。「間合いを詰める」
2 適当な時機。ころあい。「間合いを見計らう」
3 舞踊・音楽などで、調子や拍子の変化する間のわずかの時間。
4 剣道で、向かい合った両者の隔たり。

(デジタル大辞泉)

 みなさんはどういったきっかけでスポチャンを始め、誰から技術を教わっただろうか。読者のみなさんの多くは大学のサークルで、先輩から、と答えるだろう。僕の場合は少々違って、小学校3年の頃からやっており、(高校生のときはやってなかったので)かれこれ10年くらいの競技歴になる。という訳で僕にはスポチャンにおける「先生」がいて、その人に教わったことが自分のスタイルの中心になっていると感じている。その教えを何回かに分けて文章にして残していければと考えている。

 僕がチャンバラをするときに大切にしているのは「間合いを管理」することだ。自分と相手がどういった間合いにいるのかを常に把握し、相手を動かし、自分の理想の間合いに持っていく。さらには、相手が間合いを読み違えるようにできたら最高だ。間合いという観点で主導権を握ることで自分が戦いやすくなる。

 間合いにも色々な種類がある。その場で手を伸ばせば当たる、半歩踏み込めば当たる、一歩踏み込めば当たる、ツーステップや飛び込みで当たる間合い等々。この間合いの違いを理解し打ち分けができないと攻撃の幅が出ない。今までは自分中心の間合いを説明したが、相手との関係で変わる間合いがある。自分が相手より身長が大きい場合、①両者とも届かない間合い②自分だけが届く間合い③両者とも届く間合いの3種類がある。この間合いの違いを理解し、現状はどれに当てはまるかを把握できると大きなアドバンテージになる。自分の方が身長が大きい場合は②の間合いをうまく使うことが大事になる。逆に自分の身長が低い場合、②の間合いに入らないように一気に詰めてみたり、敢えて②の位置で相手の動きを待って出技を狙ってみたりすることが有効と言える。

 次に、「相手を動かす」という点と「相手に間合いを読み違えさせる」という点だ。自分が何かアクションを起こせば相手は反応してくれる。例えば、手を伸ばして剣先を相手に向ける、上体を少し前に倒す、ステップで前に出るふりをする等のアクションを起こすと相手は少し近づいたと心理的に感じる。そこで相手が何も動かないのであればそのまま詰めて打ってしまえばいいし、何かアクションを起こせばそれを受けて更に攻めていけばいい。主導権を握り相手に選択を押し付けることができている時点でかなり有利になっていると言える。こういったアクションを続けて起こすことで相手の間合いが自然にズレてくる。そこまで相手を動かせたらあとはシンプルな打ちで充分仕留めることができる。

 最後に、間合いのトレーニング方法を考えてみよう。自分の間合いは基本打ちで確認できる。基本打ちも、規定の回数を全て同じように打ってしまわずに、様々な間合いを試してみてほしい。次に、相手を動かす練習法を考えてみよう。例えば、打突に制限をかける、といったのはどうだろう。単発の扇足で決める、と決めればそのために自分がどう動いて相手をどう動かすかを考える必要がある。普段の周り稽古でも簡単に応用できると思うのでみなさんもいい練習を考えてみてほしい。そして、思いついたらコメント等で教えてほしい。(幼女)